<05/08/26> 弁論主義
裁判の基本は「事実」と「証拠」である。民事訴訟の場合では、この「事実」と「証拠」は当事者が集めて裁判所に提出すべきものとされている。このように、裁判の基礎となる訴訟資料の収集と提出を当事者の権能および責任とする主義を「弁論主義」という。わが国民事訴訟法には弁論主義を明示した条項はないが弁論主義は近代民事訴訟法の基本原則として定立している概念である。弁論主義には3つの原則が存在している。@当事者の主張しない事実を判決の基礎として採用してはならないという原則:これにより当事者は自己に有利な事実を主張しないとその事実はないものとして取り扱われ、不利益な裁判を受けることとなる。A裁判所は当事者間で「争いのない事実」(相手方が自白した事実やあきらかに争わない事実)は、それをそのまま判決の基礎としなければならないという原則:即ち、当事者間で争いのない事実については当事者は証拠の提出をする必要がなく(民事訴訟法179条)、当事者は争いのある事実のみ証拠を提出すればよい。またB当事者間に争いのある事実について認定するには当事者の提出した証拠だけによらねばならないという原則、以上三つの原則が弁論主義の内容となる。
このように民事裁判にあっては、当事者間の主張立証の関係に裁判所の判断が拘束されるため「真実」の探求または「真相」の究明とは関係なく裁判所の判断が行なわれることがある。
対義語としては「職権探知主義」がある。

さて、言葉の定義はここまでであるが、折角なので本動産相当保険金請求事件(H17. 6.28 甲府地方裁判所)について概略を説明しておく。これは、宝飾品(装身具)の製造販売業者(原告)の元従業員(被告A)の宝飾品を入れたカバンが電車のなかで盗難にあったとして事件となったものである。このカバンの中の宝飾品には保険がかかっていたが、盗難としては不自然なことが多く保険金不払いとしたので、原告は保険会社(被告B)に保険金の請求を、元従業員に対しては不法行為による損害賠償請求をした。
さて、保険会社は最初からそのような盗難はなかったと主張していたのに対し、元従業員は盗難があったのでカバンがなくなったのである、と主張していたので、原告との関係では、盗難がなかったとする保険会社はこれを「争い」証拠を提出して盗難を偽装したものであると主張した。一方、元従業員は宝飾品がなくなったのは盗難が原因であると言っているので「盗難被害」については原告との関係では「争いのない事実」である。
さて、裁判所はまず、盗難被害を証拠をもって認定することができないとし、結果保険会社に対しては保険金の支払いを命じなかったのに対して、裁判所の認定にも関わらず、原告と元従業員との関係では「盗難」の発生自体は争いがないので、これについては盗難事件の発生を前提として裁判をし(上記弁論主義原則A)、宝飾品の入ったカバンを置いたまま席を離れるという不法行為による損害賠償責任があるとして元従業員敗訴とし、2560万円余の支払いの処分とした。
ちなみに、本甲府地裁の判決では弁論主義を「弁論主義とは,裁判の基礎となる訴訟資料の提出を当事者の権能かつ責任とする建前をいう。裁判所は,この弁論主義に基づき,当事者間に争いのない事実はそのまま裁判の基礎としなければならない(第2原則)。」とわざわざ注書をしている。
(2005年9月1日 日刊3面)
保険用語研究会